わが家のニャンコ、琴の日常を綴ってます(*^_^*) FeLVによるリンパ腫を発症し、抗がん剤治療を乗り越えて完治と言われるまでになった琴。だけど今は気管支炎や嘔吐、てんかん発作で闘病中です。毎日お薬を飲んで頑張ってます!!よろしくニャン♪
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月日が経つのは あっという間
2012年10月02日 (火) | 編集 |
ブログどうしようかなぁ・・・
なんて思いながら早2ヶ月ほど経ってしまいました

特にネタもなく、夏の間は仕事仕事。

でも今年は花火大会に2回も行って楽しめました、、が

この花火大会の帰りに、わが家にとって私にとって
最大の大事件が起こったのです

でも残念ながらネタにできない・・・

かなり まとめると、
今だから笑えるような話で
一歩間違えれば恐ろしいことになっていた奇跡的な大事件
この夏に学んだことは人生何があるか分からない!です(笑)


・・・話は戻って、夏前くらいから

琴のマスコットを作りかけてそのまま・・・
このブログを自分で本にしようと作りかけ・・・
ブログ更新も気が向かず・・・

あっという間に琴がいなくなって一年が経とうとしています。

10月3日が命日だけど、一年だからって琴のことは書きません。
だって、悲しくなりそうだから書けない。

ここのところ、去年の今頃のことを思いだして辛いです。
思いだすと、どんどん沈んでいきそうなので無理やり気をそらします。
今も気をそらしたいから文が続かない。。

それでもいいよね?

琴のことは一日も忘れたことがないし、大好きだから。
思い出すのは可愛い琴だけ



写真もない記事でゴメンなさい
また気が向いたらブログ書きます

あまりにも記事になるようなネタがないので
つぶやきブログにしようかな、なんて思ってたり


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おじちゃん
2012年10月22日 (月) | 編集 |
10月12日、親戚の おじちゃんが突然に旅立ってしまいました。

おじちゃんは私の父の弟で、46歳でした。

ありがとうという気持ちと、
みなさんにも家族を大切にしてほしいなぁという思いで
記事を書こうと思います。
長いし、スルーしてくださって大丈夫ですからね。



おじちゃんは、おばちゃんが買い物に出かけている少しの間に
トイレで倒れていたそう。

朝も普通に元気で、今までと変わりのない様子だったとのこと。

すぐに救急車で運ばれたけど、意識が戻ることはありませんでした。

病院の先生は、何人も交代しながら心臓マッサージを
おそらく30分以上続けてくれたみたいですが
どうにもならなかったみたいです。


集まれる親族みんなが会うまで呼吸器をつけてくれてて
肺に空気が送られていたので、私が対面したときは
まだ胸は動いていました。

手を握ったとき、看護師さんは「もう冷たくなってきてるでしょう」と
言ってたけど、私には温かく感じました。


東京に おじちゃんの娘がいるのですが、もう間に合わないので
家に帰る準備を進めてもらうことに。

ただ、おじちゃんの死因も判らず
家で一人の状態で亡くなっているので警察が来て検死となるそう。

法律上、仕方のないことのなのですが、
悲しみの中おばちゃんは話をいろいろ聞かれ、家も調べられるんですね。

でも、事件性のないことが確かめられると
希望がない限り、解剖はしなくてよかったです。

検死の結果では、脊髄に血液が混じっていたので
死因は、くも膜下出血だろうとのことでした。

くも膜下のことを調べたら、約3分の1だったかな
発症した場合、即死なんだそうです。
おじちゃんは全然苦しそうな顔してなかったし
おそらく発見が早くてもダメだったのかなぁと思います。

本当に早すぎます。。
まだまだ死んでしまうような人じゃないのに。
こんなにあっけなく人って亡くなってしまうのかな。。


私は、つい数日前に会ったのが最後でした。
わが家に お土産を持ってきてくれ、
「どこ行ってきたの?」って言ったら「いろいろ~」って。

おじちゃんは本当に明るくて冗談も言うし、
面白可笑しく話をしてくれて、静かな わが家を楽しませてくれてました。

すごく大切な存在だった おじちゃん。
おじちゃん一家にとっても、わが家にとっても
大切な男手を亡くし、心細いです。

お葬式だって、みんなしたことない人ばかりだし
何もかも分からず、一から聞きながらやっとできた感じです。

人が亡くなるって、悲しい上に本当に大変なんだなぁと思い知らされました。


無事に終えることのできた葬儀は、本当にたくさんの方々が集まってくれました。

亡くなって家に帰った日から、夜も遅くまで家にすごい人が集まりだして
親族の私たちだけじゃあ何のお構いもできない状態に。。
みなさん気をきかせて、いろいろ持参してきてくれて助かった。

お通夜のあとも、みなさん遅くまで残って最後の夜を過ごしていました。

お葬式は、派手好きな おじちゃんらしくしてあげられたので
よかったんじゃないかな。
「冗談で寝てるんなら、起きるならいまよ!」って
みんなで言ったけど、最後のお別れになってしまいました。

おじちゃんの友人達は、みんな最後まで見送りたいということで
火葬まで たくさんの方が来てくれることに。
葬儀場の人に、数人にしてくださいって言われてたのに
みんな車でついて来ちゃったみたいです。

みんな おじちゃんのことが大好きで、慕われてたんだなぁ。

にぎやかなのが好きだったし、おじちゃんらしくていいよね。
こんなに にぎやかに葬儀場を使った人いないと思うよ。
大変だったけど、よかったよね。


お葬式が終わった今、おじちゃんが目の前にいないので
亡くなった感覚がなくなって、本当に信じられないですが
現実を受け止めながら、みんなで力を合わせて頑張らないとね。

遊び足りないからって天国でも遊んでばかりいないで
私たちのこと、見守ってね。



これは今年の夏、一緒に遊びに行ったときの写真。
DSC_0254 コピー1
私が おじちゃんの写真を撮ったのは、これが最初で最後なんだよね。

この写真、おじちゃんちに持って行って飾っとくね。


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